アカクテハヤイのミニカー蔵出し!フェラーリF310Bだ!アーバインのマシンだ!
アカクテハヤイのミニカー蔵出し
Pauls Model Art(ポールズ・モデル・アート)の1/43サイズのミニカー!
▼1997年のマシン『F310B』です。
▼カーナンバー6はエディー・アーバインですよ。懐かしいだろぉ?
名前だけ聞くと前年1996年の『310』から『310B』へちょっとモディファイしたように思えますが実はまるで別物。
▼こちらが1996年の『F310』です。まるで違うでしょ?
フェラーリF310(ハイノーズ)のミニカーのブログ記事
『F310』はジョン・バーナードのオリジナリティたっぷりだったのですが・・・
『F310B』外観は限りなく当時のウイリアムズに近い・・・
当時、モンテツェモーロがバーナードに『革新的でなくていいから信頼性のあるマシンを作れ!』って指示したんですよね。
まぁ、1996年からフェラーリに復帰したバーナードのマシンが結果を残せていなかったからね。
640~641/2のような(-それ以上の-)活躍を期待していたからねぇ・・・
結局、モンテツェモーロに作らされた『F310B』がバーナードのプライドを傷つけたんだろうね。
1996年シーズン開幕後すぐに辞めてしまったよ・・・
ロス・ブラウンやロリー・バーンの加入も気に入らなかったのだろう。
マシンの出来は良くてミハエル・シューマッハがジャック・ビルニューブ(ウイリアムズ・ルノー)とチャンピオン争いしましたが・・・
最終戦ヨーロッパGPで・・・
2位走行中のヴィルニューブがトップのミハエルをインから抜こうとした時、ミハエルがインを閉じる形で接触。
ミハエルはリタイヤ、ヴィルニューブは3位フィニッシュでチャンピオン獲得。
2週間後、シューマッハの故意による接触と判断され、ペナルティとして1997年のドライバーズポイントを除外(ポイント剥奪)するという裁定が下りました。
後味の悪いシーズンでしたね。
▼当時、アーバインを選んで購入した? なぜだろう?
▼完全ナンバー2待遇のアーバインのミニカーもコレクションしたかったのかな?
▼しかし、2年後の1999年にアーバインがシーズンのタイトル争いするとは本人もティフォシも誰も「この時想像していなかったよね?
何故だか覚えてる?
▼覚えていない方はこちら
1999年シーズンについて
▼当時のオンボードカメラはちょんまげタイプだったね。
▼ミニカー裏面を確認。
Paul's Model Art
MINICHAMPS
Formula
1/43
Ferrari F310B
1997
▼お? 左のミニカーに注目! カーナンバー3のF310B? ミハエル?
1997年はスリックタイヤのラストイヤーで、1998年からグルーブドタイヤ規定がスタートするので、シーズン終了後にタイヤテストしていたんですよね。
だからカーナンバーは1998年用の「3」になっているのです。
画像ではわかりにくいですがグルーブドタイヤになっていますよ。
タイヤ変えて、カーナンバー変えてバリエーション展開!
PMA(MINICHAMPS)はこんなバリエーションがお得意でしたもんね!
ちなみに、後年ミハエルのF310Bのミニカーも入手しました。
入手の経緯はブログで
もう一度、姿を見たいよ。ミハエル!
Keep Fighting!
シゲオのポールズ・モデル・アートフェラーリF1ミニカーコレクションのページ