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2002年

MACHINE :
F2002(3リッターV10)

マシンデザイン :
ロリー・バーン

DRIVER :
ミハエル・シューマッハー(No.1)
ルーベンス・バリチェロ(No.2)
Ferrari F2002 HOT WHEEL 1/43
HOT WHEEL 1/43 F2002

シューマッハー3年連続チャンピオン。フェラーリ17戦15勝コンストラクターズ・タイトルも獲得。

車名は2002年用のマシンからネーミング。この年からボーダフォンがスポンサーとなる。

「F2002」をヨーロッパラウンド(第4戦サンマリノGP)でデビューさせるまでの間、「F2001B」を走らせることにしたチームだったが、ライバルチームの好調によりシューマッハは前倒しで第3戦から「F2002」をドライブ。バリチェロは予定通り第4戦からドライブ。

第1戦オーストラリアGPから、シューマッハー、バリチェロによるフロントロー独占でスタート。決勝ではラルフ(ウイリアムズ)がバリチェロに接触。8台を巻き込むアクシデント。シューマッハーが優勝。

第6戦オーストリアGPの最終ラップで、バリチェロがシューマッハーにトップをゆずる。チームオーダーが問題となり、FIAから両ドライバー、フェラーリに対して100万ドルの罰金。

第16戦アメリカGPでは、トップのシューマッハーが最終ラップゴール直前でペースダウン。2位のバリチェロが優勝。シューマッハーは記者会見で「バリチェロにお礼がしたかった」と言っていたが、実はバリチェロを待ってワンツーフィニッシュを決めようとしたが、フィニッシュラインを間違えてバリチェロに抜かれてしまったらしい。

2002年はシューマッハーの記録ずくめだった。年間11勝、17戦全戦表彰台。第11戦で早々とワールドチャンピオン決定。

シューマッハーは、ファン・マヌエル・ファンジオの持つ偉大な記録に並ぶ自身5度目のチャンピオン。

フェラーリとしても17戦15勝。圧倒的勝利でコンストラクターズ・タイトルも獲得。



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