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| 1995年 |
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MACHINE :
412T2(3リッターV12 4バルブ)
マシンデザイン :
ジョン・バーナード
DRIVER :
ジャン・アレジ(No.27)
ゲルハルト・ベルガー(No.28) |
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| ONYX 1/43 412T2 |
| 412T2でアレジ悲願の初優勝。V12エンジン最後の年。 |
翌年の1996年からV10が導入されることが決まっていたので、V12最後の年でした。またこの年から排気量は3リッターに制限され、またステップボトム規制も開始された。これらは前年のセナの事故死に関連した安全対策である。
マシン名の由来は前年同様、4バルブ12気筒、横置きトランスミッション(Transverse)から来ている。ややこしい。前年同様バーナードデザイン。
カナダGPではアレジが悲願の初優勝を飾る。モントリオールのジル・ビルニューヴサーキットで、ジルとドライビングスタイルが似ているといわれるアレジが、深紅のフェラーリ、しかもカーナンバー27で初優勝するとは出来すぎでしょう。
イタリアGPでは、アレジ、ベルガーがワン・ツーで走行中に、アレジのマシンからオンボードカメラが吹っ飛び、最悪なことにその吹っ飛んだオンボードカメラがベルガーのフロントサスペンションを直撃。ベルガーはすぐにリタイア。アレジも残り数周のところで、ピットイン。リヤタイヤのホイールベアリングが焼けてリタイア。この原因は吹っ飛んだオンボードカメラのケーブルがからまっていたようだ。ティフォシにとって、まさに天国から地獄という状況でした。
この年は、ウイリアムズ(デイモン・ヒル)とベネトン(ミハエル・シューマッハー)が非常に強かった。チャンピオンはシューマッハー。
翌年1996年にシューマッハーがフェラーリに加入することが発表される。
アレジは念願の優勝をしたものの契約は更新されず、チームメートのベルガーとともに、ベネトン・ルノーに移籍することになる。ベルガーはまたも以前在籍していたチーム(ベネトン)に復帰。人柄の良さか?確かにチーム内でのトラブルとか聞いたことがないですね。
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