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| 1993年 |
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MACHINE :
F93A(3.5リッターV12)
マシンデザイン :
ジョージ・ライトン
ジョン・バーナード
DRIVER :
ジャン・アレジ(No.27)
ゲルハルト・ベルガー(No.28) |
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![Ferrari F93A MINICHAMPS[Pauls Mode Art] 1/43](../../img/F93.jpg) |
| MINICHAMPS[Pauls Mode Art] 1/43 F93A |
| フェラーリ初のアクティブ・サスペンションはまだ熟成されていない。F93Aはバーナードのニューマシンまでのつなぎ役。 |
バーナードが復帰したが、前年のF92Aをささっとモディファイ(F92Aのツインアンダートレイは当然不採用)して、F93Aを製作。すぐに94年用マシンの製作にとりかかってしまった。もともと、F93Aはジョージ・ライトンの製作なのだ。ポストレスウエイトも後半には移籍してしまうし、ジャン・トッドとアレジの確執も問題になるし、表彰台に上がったのも、アレジの2回だけ。もともとバーナードのニューマシンまでのつなぎ役的なマシンだったので戦闘力は相変わらず不足していた。
ちなみに横置きトランスミッションだが「F93AT」とは呼ばない。このあたりがフェラーリの車名の付け方のルールのよくわからないところ。でもティフォシはそんな細かい事は気にしない。許す。
ドライバーに1987年〜1989年の3年間フェラーリに在籍し、1990年〜1992年の3年間をマクラーレンホンダに在籍していたベルガーが復帰した。フェラーリでは(他のチームでもそうかもしれないが)一度チームを離れたドライバーが再度ドライブするということはなかった(と思う)。
前年のホンダエンジンの経験と、ホンダからの技術供与が関係しての契約だったのだろうか?
フェラーリ初のアクティブ・サスペンションもまともに作動していないようだった。ブラジルGPだったと思うが、ベルガーがピットからレースに復帰するとき、アクティブ・サスが誤動作をおこして、コースを横切ってしまい、もう少しで後続車に突っ込まれるところだった。
エンジンパワーも不足していて、後に判明したのだが、ホンダからの技術供与がされていたらしい。久しく勝利のないフェラーリの焦りを感じる。93年も未勝利。
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