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| 1986年 |
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MACHINE :
F186(1.5リッターV6ターボ)
マシンデザイン :
ハーベイ・ポストレスウエイト
DRIVER :
ミケーレ・アルボレート(No.27)
ステファン・ヨハンソン(No.28) |
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| 1980年以来のシーズン0勝。ヨハンソン解雇、アルボレート残留。 |
86年用F1マシンから、F186とネーミングされたと思われる。
ドイツKKK(キューレン・コップ・クラウジュ)社製ターボチャージャーから、ギャレット・エアリサーチ社製のターボに変更。
前年の失敗から全く新しいシャシーを製作。しかし結果は前年より悪く、ついに1勝もできなかった。フェラーリのシーズン0勝は1980年以来である。ヨハンソンはナンバー1ドライバーのアルボレートよりもシーズンの成績が良かったにも関わらず、シーズン終了後解雇される。アルボレートは残留となり物議を呼んだ。
最終選オーストラリアGP。アラン・プロスト(マクラーレンTAGポルシェ)、ネルソン・ピケ(ウイリアムズ・ホンダ)、ナイジェル・マンセル(ウイリアムズ・ホンダ)のオーダーで終盤。このままの順位でゴールすれば、マンセルがチャンピオン。しかし、マンセルはブラバムストレートで300キロで後輪がバーストしてリタイア。チャンピオンを逃す。無冠の帝王マンセルと呼ばれ始める。
フェラーリはまったくいいところのない1年でした。
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