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1984年

MACHINE :
126C4(1.5リッターV6ターボ)

マシンデザイン :
ハーベイ・ポストレスウエイト 
マウロ・フォルギエリ

DRIVER :
ミケーレ・アルボレート(No.27)
ルネ・アルヌー(No.28)
Ferrari 126C4 BRUMM 1/43
BRUMM 1/43 126C4

1973年以来のイタリア人フェラーリドライバー登場。マクラーレンTAG16戦中12勝、圧倒的勝利。

見た目は前年の124C3に似ているが、シャシーとエンジンは新設計。軽量化が計られている。また、この年から燃料タンクが220リッターに制限される規定がスタート。

シーズン後半には大幅にモディファイされたコークボトル形状の126C4M2が実戦投入された。

1973年のアルツァーロ・メルツァリオ以来のイタリア人フェラーリドライバーが登場。しかも、まだ若かりしアルボレート。ティレルで優勝経験があると言っても、イタリア人がフェラーリに乗るという事は、相当なプレッシャーがかかっただろう。しかもマシンは決して万全とは言えず、シーズン中に修正型が2台も投入されるなど散々だった。

しかし、この年はマクラーレンTAGポルシェのアラン・プロスト、ニキ・ラウダの活躍が凄かった。16戦中12勝してしまった。ベテランのラウダがチャンピオン獲得。

プロストは0.5ポイント差でドライバーズランキング2位。

レースが規定周回数に達しない場合の獲得ポイントは半分になるというルールがあった。雨のモナコGPが31周で中断レース成立となり、このポイントルールが適用されたのだ。プロストは優勝し、ラウダがリタイアしたのだが、このルールの関係でプロストはチャンピオンを逃したと言われる。

セナファンなら知っている有名な話として、もしレースが中断されなければ2位を走行していたセナ(トールマン・ハート)の脅威の追い上げでプロストの優勝はなく、セナの初優勝だったとも言われる。プロストがセナの追い上げの情報を知っていて、「雨で危険だからレースを中断してほしい」と、レースコントロールに懇願し中断されたといも言われる。

そして、アンチ・セナの人たちやF1通にこの話をすると反論してくる有名な話として、ステファン・ベロフ(ティレル・フォード)の事がある。

「セナ以上のラップタイムで追い上げていて3位扱いになったベロフが、レースが続行されていれば、セナもプロストも抜いて優勝していただろう。」という話。結局、マシンのレギュレーション違反で失格になるのだが・・・。

どちらにしても、レースに「たら・れば」は禁物。リザルトが全て、運を味方に出来た人が結果を出すのだ。だからレースはおもしろいのだ。

ちなみに、このシーズン失格だらけのティレル。そしてステファン・ベロフは翌年Cカーのテスト中に事故死。才能豊かなドライバーもF1で活躍できずに終わってしまった。

フェラーリはアルボレートが1勝。ドライバーズ・ランキング4位。コンストラクターズ・ランキングは2位。



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