2008年11月01日
エンツォ・フェラーリとニキ・ラウダは仲が悪かった?
はい。確かに。

ティフォシには有名な話ですが、ニキ・ラウダがフィオラノで1973年オフにフェラーリF1(多分312B3)をテスト走行させた。
その後、エンツォ・フェラーリに会ったラウダ。
マウロ・フォルギエリとピエロ・フェラーリが通訳をしてエンツォと交わす会話は概ね以下の通り。
エンツォ 「感想はどうだね?ラウダくん?」
ラウダ 「ひどいマシンだ。アンダーがひどくて乗れたもんじゃない。」
ピエロ 「そんな事を言ってはいけない。」
ラウダ 「何故だ?真実なのだからそのまま通訳すればいい。フロントサスの改良も必要だ。マシンの組立ても雑だ。」
エンツォ 「フォルギエリ! ラウダの言うとおり改良するにはどれくらいの時間がかかるのだ!?」
フォルギエリ 「・・・いっ、1週間・・・。」
エンツォ 「ラウダ。一週間後に今より1秒速く走れなければ、お前はクビだ!」
クビってコマンダトーレ・・・、まだテストなんで本採用してないんですけど・・・。(shigeo)
一週間後にラウダは難なくタイム更新。フェラーリドライバー、ニキ・ラウダが誕生。
しかし、ラウダってすごいよね。エンツォに対してこの会話。下手すればフェラーリと契約できないし、F1からも追い出されちゃうかもしれないくらいエンツォの力は当時は強力だったはずだからさ。
さらに、ラウダはイタリアには住まずにドイツの自宅から自家用ジェットで通勤してたってよ! まだ、ラウダ航空はない頃のハナシね。
ちなみに、マスコミの目を逃れるために、こっそりとテストコースのフィオラノまでの連れて行ったのは、若かりし日のルカ・モンテツェモーロだそうです。
その後、ラウダは1975年にフェラーリでタイトルを獲得。翌1976年ドイツGPでクラッシュ~炎上、瀕死の重傷。そして雨の日本GPで出走を拒否しチャンピオンを逃す。1977年、2戦を残してチャンピオンを獲得し、フェラーリの顔に泥を塗る形でチームを離脱。残り2戦は出走しなかった。
ドイツGPのクラッシュがマシンのせいだと主張するラウダに対して、エンツォは一切、耳を貸さないなどラウダの怒りも収まらなかったのだろう。ホントに芯の強い男だ。近年のフェラーリやF1に対するコメントも相当辛口だしね。
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2008年07月26日
フェラーリとポルシェの馬は実は兄弟だった?
はい。確かに。
ある意味兄弟です。
フェラーリのマークといえば「カヴリーノ・ランパンテ」。跳ね馬ですね。英語で「プランシング・ホース」とも言いますが。

その馬がどこから来たのかと言うのはティフォシは知ってて当然のエピソードかな? フェラーリファンでなくても有名な話かもしれませんが・・・。
1923年ラヴェンナ(サビオ・サーキット)のレースで、フランチェスコ・バラッカ少佐の両親(エンリコ&パオリーナ・バラッカ)がエンツォのレースを観戦。
同じイタリア人って事もあったのか? レースに感動したのか?
後日、パオリーナ・バラッカ(奥さんね)が「エンツォさん? あなたのマシンに息子の跳ね馬マーク付けたらどうかしら? きっとスバラシイ運が開けると思いますわよ。オホホホホホ・・・。」ってな感じで言ったんじゃないかな?伯爵夫人ですからね。shigeoの脚色あり(笑)。
エンツォは「マークを委託すると言うバラッカ伯爵の証文と写真を保管している」と言い張っていたそうだけど、実は怪しい話らしいです。フェラーリの逸話って結構エンツォが脚色している事があって、ホントウなのかわからないケースが多いですからね。
元々、何故フランチェスコ・バラッカの機体( スパッド S.VII )に跳ね馬マークがあったのかって言うと、撃墜したドイツ機に馬のマークがあって、記念にそのマークを自分の機体に使い始めたらしい。撃墜されたパイロットはドイツのシュツットガルト市出身で市の紋章を機体につけてたそう。
「F-TOYSの複葉機コレクション」のスパッド関連の過去記事はこちら。
ポルシェはシュツットガルトを拠点としていて、シュツットガルト市の紋章をモチーフにしている。

だから、フェラーリとポルシェの馬は実は兄弟ともいえるのだ。ある意味シュツットガルト市の馬と兄弟と言ったほうがいいのかな?
フェラーリが跳ね馬をロゴマークとして商標登録しようとした際にシュツットガルト市が相当クレームをつけたそうです。
それでも結局エンツォは1932年に跳ね馬マークをマシンに付けたと言っている。でも、これも実はあやふやで1930年には既にマークは使用されていたという情報もある。ホントいい加減って言うのか、大雑把なエンツォの性格なのか、いやもしかしたら意図的なのかもね。
ちなみに、フランチェスコ・バラッカですが、書籍によっては「バッカラ」と書かれているものがありますが、スペルは「Francesco Baracca」のはず。イタリア人との事なので、イタリア読みでは「バラッカ」が正しいと思われます。翻訳ミスなのかな?
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2007年06月21日
ル・マン24時間レースにフェラーリのバンが出走したことがある。
はい。確かに。
それは、250GTOブレッド・バンと呼ばれるものです。
1962年のル・マンに出走したゼッケン16、アベイト+デイビス組のマシンです。残念ながら4時間目にリタイアしてしまいました。
フェラーリ250GT SWBがベースで、ビッザリーニのデザインのボディを架装したものです。
パン屋のバンに似たスタイルから「ブレッド・バン」と呼ばれました。それは奇をてらったものではなく、当時の空力を突き詰めた結果のデザインだったのです。ル・マン24時間レース以外にも、モントレー1000Kmやブランズ・ハッチに出場しました。
フェラーリ250GTO ブレッド・バンのミニカー画像はこちら。
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2007年01月23日
キミ・ライコネンのF1デビューはフェラーリだった。
はい。確かに。
それは、2001年のF1グランプリ開幕戦オーストラリアGPです。
2007年からフェラーリドライバーになるキミ・ライコネンが、この年ザウバー・ペトロナスチームからデビュー。デビュー戦で見事に6位入賞しました。
厳密にはペトロナスブランドではありましたが、ザウバーのエンジンはフェラーリの3リッターV10エンジンでした。
2001年のフェラーリはプロストにカスタマーエンジンを、ザウバーはペトロナスブランドではありましたがエンジン供給をしていたのです。
ライコネンのデビューマシンにはフェラーリエンジンが積まれていたと言ってもいいでしょう。
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2006年11月12日
ミハエルがF1マシン「F2003-GA」で戦闘機と競争したことがある。
はい。確かに。
2003年のシーズン終了後の12月にイタリアの空港でフェラーリのF1マシン「F2003-GA」 と ジェット戦闘機(ユーロファイター タイフーン)がスピード競争を行いました。もちろんフェラーリはミハエルがドライブ。生憎の雨模様でしたが、3回勝負でフェラーリ1勝、ユーロファイター2勝という結果に終わりました。
映像でどうぞ確認してください。
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2006年11月01日
フェラーリのパチンコ台がある。しかもエンリコ・フミアデザインである。
はい。確かに。
フェラーリのパチンコ台があります。
それは「CRフェラーリ」というものです。
いつもどおり、デスクトップに設定されているニッサンのRSSリーダーをチェックしていると、ホビダスブログの「MJブロンディのWEB歳時記」に興味深いタイトルを見つけた。
「CRフェラーリ」?
「エンリコ・フミア」?
エンリコ・フミアと言えば、ブルネイのスルタン国王が、エンリコ・フミア氏に依頼して、512TRベースで制作してもらった「F90」の記事を以前に書いた。あのフミア氏である。
スルタン国王はフェラーリに特注車ばかり作らせる事で有名な人です。
それは解ったが「CR」とは何だろう?
改行コード CR+LFか?
いや Cafe Racer のことだろうか? フェラーリがバイクを?
なんて考えながらサイトを見ると、
2006年10月29日 CRフェラーリ
2006年10月30日 CRフェラーリ→エンリコ・フミア
フェラーリ公認のパチンコ台ですっ!!!
詳しくはMJブロンディのブログを読んでもらうとして、とにかくフェラーリのパチンコ台があるってことにビックリ!3000台に限定ってよ! 実車と同じで「顧客の人数引く1」って事なのか?少なすぎるぞ!
私と同じようにMJブロンディのブログで情報入手した、北海道の「mulsanne」さんのブログはこちら。
私はパチンコを引退して早20年。しかし、このパチンコはやってみたいと思った。
そこで調査しました。
メーカーは「サンセイR&D」。「サンセイR&D」のWEBサイトを確認すると、オープニングからフェラーリのFLASHムービーバリバリじゃないですかっ! これは、パチンコ屋にひさ~し振りに行くしかないでしょう!
早速、どこのお店に設置されているか調査です。
P-WORLDで検索!
CRフェラーリと言っても「GHWR」、「BHWR」、「EHW」、「PHW」の4種類あるらしい。
私の住む沖縄で設置されている店は・・・・、1店もなし・・・・。残念・・・。何故なんだぁ!!
パチンコしないフェラーリマニアのみなさんも是非P-WORLDで検索して、お近くのパチンコ屋で見学するだけでもしてみてください。私にはそれすら出来ないのですよ~。
パチンコ必勝ガイドでも情報が出るはずだから、書店でチェックですよ~。
ちなみに今日、本屋に行ったけど、まだ早過ぎたようだ・・・。
ホビダスブログの「MJブロンディのWEB歳時記」でも、今後続報があるかもしれないので、皆さんもRSSリーダーに登録しておいたほうがいいですよ!
フェラーリ恐るべし、パチンコ台までやるか? テスタロッサのコンドームは見たことあるけど・・・。
で、結局「CR」って何だろう?
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2006年10月19日
ランチア・ストラトスのエンジンはフェラーリエンジンだった。
はい。確かに。
ランチア・ストラトスのエンジンはフェラーリです。
ラリーに興味のある方だけでなく、クルマ好き、ミニカー好きには有名な「ランチア・ストラトス」。
そのエンジンがフェラーリだったことはあまり知られていないのではないでしょうか?
詳しい方であれば、「厳密にはあれはフェラーリエンジンと呼べないのでは?」と言う方もいらっしゃるでしょうが、まぁ、そこは大目に見てやってください。
確かにフェラーリのファクトリーではなく、フィアットで生産されたディーノエンジンですからね。エンツォもディーノをフェラーリとは呼ばなかったし、跳ね馬のエンブレムさえも付けさせなかったからね。
そうなんです。ランチアには最終的にディーノ246GTに搭載されていたのと同様の2.4リッターV6ディーノエンジンが積まれていたんです。
1970年にトリノショーでデビューした「ストラトス」。ウエッジシェイプのデザインは多分すべての人を驚かせたと思います。当時、7歳で日本の片田舎に住んでいた私には、イタリアでの情報など知るはずもありませんが・・・。
クルマやフェラーリに興味を持ち始めてストラトスを初めて知ったのは、アリタリアカラーのストラトスでした。「かっこいい~」の一言でしたね。
ストラトスという名前はイタリア語の「Stratosfera(成層圏)」からの造語だった事も、フェラーリのエンジンを積んでいたと知るのも随分経ってからでした。
フィアットは1969年に買収していたランチアのブランドで世界ラリー選手権(WRC)に参戦するためにストラトスを選んだ。ミッドシップエンジンでホイールベースが異常に短く車幅が広い特異なマシンです。
いわゆる「直線番長」ではなく「コーナリング番長」ですね(そんな言葉あるのか?)。コーナリングを重視したマシンです。
当初は別のエンジンが積まれていたそうだが、ファクトリーに丁度「ディーノ206GT」の2リッターV6エンジンがあり、それを搭載してみた。しかし、その時点でディーノは既に「246GT」に進化していた。そこで、ストラトスにも2.4リッターエンジンを積みたいと親会社のフィアットに交渉して獲得した人物が、当時ランチアに在籍していたチェザーレ・フィオリオ! 後にスクーデリアフェラーリでチーム監督を務めたあのフィオリオです。アラン・プロストとのいざこざで更迭されて、後に仲直りしてプロストチームで一緒に活動して、今は悠々自適な隠居生活を送っているらしいと言われるフィオリオです。
ラリーマシンとしての公認を取るためには、すったもんだがあったらしいですがそこは割愛。
ランチアは1974年~76年までWRCのコンストラクターズタイトルを獲得して活躍したが、ストラトスが活躍してもランチアの自動車の売れ行きに貢献しない事に業を煮やしたフィアットが、「フィアット131アバルト」でWRCに参戦することを決定。ストラトスのワークス活動は終了になった。
実際にはフィアットもWRCに参戦していたのに子会社のランチアに負け続けていたことが、フィアット上層部の逆鱗に触れ、ランチアに圧力をかけて撤退させたというのがもっぱらの噂です。
その後はプライベーターのストラトスが活躍したようです。確かに、勝てなくなったから撤退ではなかったですからね。プライベーターにとっては、とても魅力的なマシンでしょう。
この流れをずっと見ていたエンツォ・フェラーリはその後、驚くべき行動に出ることになる。
それは、フェラーリがラリーに参戦!
その話はまた今度。
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2006年08月11日
ランチア・テーマ8.32のエンジンはフェラーリのエンジンである。
はい。確かに。
「ランチア・テーマ8.32」という車のエンジンはフェラーリのV8エンジンです。
「8.32」と言っても、V8の3.2リッター(フェラーリ328のエンジン)ではなく、V8の32バルブという意味です。
テーマに搭載されているエンジンは、308GTB/GTS QV(クアトロバルボーレ=4バルブ)に使用されていた、「3リッターV8エンジン」です。チューニングも施され、308とは別物です。燃料供給装置、クランクシャフト、ピストンに改良を加え、パワーは下がりますがトルクは上がっています。
これは、FIATとフェラーリ、ランチアの協力体制のもと実現した車です。
当時、ランチアは「ランチア・テーマ・フェラーリ」という名前で発表したかったらしいのですが、エンツォが「フェラーリ」の名を付けることに関してどうしても認めず、「ランチア・テーマ8.32」という車名になったと言われています。
プランシングホース(跳ね馬マーク)ももちろん許可されず、唯一、フェラーリらしさを感じさせるのは、エンジンのカムカバー(?)部分に「LANCIA by Ferrari」の文字があることだけでした。
ディーノにさえプランシングホース(跳ね馬マーク)を認めなかったエンツォですから当然といえば当然ですかね。
実車の画像や試乗レビューは、「ねこぐるま日記」さんのブログでどうぞ。
私は、フェラーリミニカーコレクターですが、ランチア・テーマ8.32のミニカーはコレクションしていません。純粋なフェラーリのみをコレクションしています。実は、フェラーリは自社のマシン以外にもエンジンを提供しているのですが、そこまでコレクションの幅を広げると大変なので、泣く泣く除外しています。そう言いながら1992年にスクデーリア・イタリアにエンジン供給していたマシン「スクーデリアイタリア192」のレジンモデルは所有していますが・・・。
フェラーリコレクターとして有名な「世界のヒラマツ(平松潤一郎氏)」ほどではないにしても、多少の財力があれば多分これらのフェラーリエンジン搭載車のミニカーもコレクション対象としているとは思うのですが・・・。
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2006年07月29日
ブルネイ国王が持ってる「フェラーリF90」って知ってる?F90って言っても「ガンダム」ぢゃあないよ。
フェラーリF90って知ってますか?
フェラーリテスタロッサをベースに制作されて1989年の東京モーターショーで公開されていたかもしれないモデル。
そう、この時点でお気づきの方もいるはず。「ミトス」と生い立ちが似ていますね。
当時ピニンファリーナに在籍していたデザイナーのエンリコ・フミア氏がデザインしたのがこの「F90」。実はミトスの対抗馬としてデザインが進められていたようです。しかし、残念ながら「ミトス」が採用され、「F90」はお蔵入りに。個人的には「ミトス」の方がデザイン的には好きです。「F90」ごめんなさい。だって、どうもあのサカナを連想させるぬめっとした顔に馴染めないんです。
しかし、もしここで「F90」が勝ち残っていれば、タミヤ模型は「ミトス」ではなく「F90」のプラモデルを作っていたのかも?
「捨てる神あれば拾うブルネイ国王あり」ってことで、このデザインを気に入ったフェラーリエンスーのブルネイのスルタン国王が、エンリコ・フミア氏に依頼して、512TRベースで制作してもらったそうです。さすがリッチな国王。ちなみにしっかりミトスも特注したそうです。
■ブルネイ国王については過去記事をどうぞ。
ちなみに、このエンリコ・フミア氏は、アルファロメオの164やスパイダー、GTV、ランチアイプシロンをデザインした人だそうですよ。
フェラーリのミニカー好きな人にとっては、以前から知っている人もいたでしょう。何故ならブルネイ国王の特注フェラーリは実車よりも、ミニカーでその存在を知ることの方が多かったりしますからね。実車の雑誌では、なかなかブルネイ国王の車は紹介されないけど、ミニカー雑誌では紹介されますから。
それで、何故、今頃騒がれているかと言うと、今まではブルネイ国王との約束で公にできなかったらしい。しかしスクープ写真が流出したのを機に、フェラーリ、フミア氏、スルタン国王が話をしたんでしょうね、昨年頃のフェラーリ公式の書籍に掲載されたらしいのです。ついに「幻のF90」がフェラーリ公認として紹介されたってことですね。
▼画像は下記のサイトでどうぞ。
■外国のポスターショップのサイトのほうがスタイリングがわかりやすいかも。
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2006年06月22日
フェラーリのヘリコプターがあるって知ってた?カッコいいんだよね。
フェラーリのヘリコプターがある。
はい。確かに。
画像のヘリコプターをご覧ください! フェラーリのヘリコプターです。跳ね馬ロゴもあります。ミニチュアモデルもフェラーリ公認です。
と、言っても実機のヘリコプターのエンジンは、フェラーリエンジンではないんだけどね。
あまり存在を知られていないフェラーリヘリコプターですね。でもミニカーファンなら実車(実機)よりもミニチュアで情報を先に知るということもあるのです。
で、このミニチュアは「NewRay(ニューレイ)」というメーカーの「AGUSTA A109 Power Elite」。1/43ですが、いつも自動車の43サイズを見ているのでヘリコプターの43サイズは大きいですね。ヘリコプターや戦闘機はハセガワのプラモデルの1/72を基準に考えてしまいますから。
さて、ミニチュアのモデルとなった実機のアグスタのヘリコプターはフェラーリの社用らしいのですが、テレビでも雑誌でもフェラーリ関係の書籍でも見たことがありませんでした。
何でもこのミニチュアヘリコプターには、上の画像のシルバーのカラーリングの前に、ホワイトのものがあったらしいのです。ルカ・ディ・モンテツェモーロのダメだしがあって、ホワイトはお蔵入りとなり、このシルバーモデルに変更になったらしいです。もしホワイトボディのモデルを見つけたら、それはとても貴重ですね。
ホワイトモデルをラテンモードで画像は見つけたが在庫切れ・・・。
ミニカー雑誌の通販広告に写真を見つけ、欲しいなぁと思っていた。家族で東京ディズニーシー・ディズニーランドに行った際に、イクスピアリ内のミニカーショップ「PIT」に寄ったら、そこに現物があった。現品のみとのことだったので即購入しました。
ちなみにアグスタと聞くと皆さんは何を思い浮かべるでしょう?
バイクのMVアグスタF4を思い浮かべませんか?カッコいいですよね?実はMVアグスタの以前の親会社がイタリアの航空機産業のアグスタなんですね。バイク事業からの撤退とか他のメーカーの傘下に入ったりとか紆余曲折があって、現在に至るってわけなんです。
ちなみにF4はフェラーリと関係があるバイクだったんですよ。
詳細は過去のブログ記事へどうぞ。
アグスタについてはWikipediaでどうぞ。
MVアグスタの紆余曲折もWikipediaにありますよ。
MVアグスタの日本総輸入元のCAGIVA Japanのサイトはこちら。
更にちなみに、2005年に静岡県警ヘリ墜落事故がありましたが、あのヘリもアグスタだったそうです。
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2006年02月19日
フェラーリのF1ドライバーで契約金が車だったドライバーがいる
はい。確かに。
それは、1951年に「375F1/51」をドライブしたアルゼンチン人のフロイラン・ゴンザレス(愛称はペペ)です。
当初は600万リラで契約しましたが。後にエンツォからシャシーを1台渡され、カロッツェリア・ビニャーレ製の特注ボディを架装しました。
エンツォには現金がなく、フェラーリの車が契約金代りとなったのです。
しかし、最終的にその車は600万リラ以上の金額で売れたそうで、ゴンザレスにとっては良かったのかもしれません。
ちなみに、フロイラン・ゴンザレスは1951年のイギリスGP(シルバーストーンサーキット)で、当事無敵だったアルファロメオを破り優勝しました。しかも、フェラーリにとってこれがF1GPでの初優勝でした。そして、アルファロメオはこの年限りでF1GPから撤退してしまったのです。
エンツォはもともと、アルファロメオのドライバーとしてレースに参加しており、独立して興した「フェラーリ」でついに直接対決で初勝利を上げたのです。
エンツォの台詞(セリフ)で有名な「私は自分の母親を殺してしまった。」は、このGPでアルファロメオを破った際の言葉です。
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2006年02月12日
フェラーリのバイクが開発されたことがある。発売したらよかったのに・・・。
はい。確かに。
1992年頃に仮ナンバーを付けて公道テストを行っていた際にスクープされたことがありました。
イタリアのバイクメーカー「カジバ」と、フェラーリの共同プロジェクトが行われていたようです。
エンジンをフェラーリが開発し、車体はカジバが開発するというプロジェクトで、開発は「ドゥカティ」の工場で行われていました。
エンジンは水冷並列4気筒、4バルブシステムで燃料供給装置はフェラーリでも採用されていた「マレリ」が担当したと言われています。
93年のミラノショーに「カジバ・フェラーリ750」という名称で発表されると噂されたんです。
しかし、ミラノショーでは、「カジバ・フェラーリ750」は発表されませんでした。
後にカジバグループの一員として復活した「MVアグスタ」の「F4S」は、4ストローク750ccで、ラジアルバルブというフェラーリF1の技術が採用されていますし、フレームは「ドゥカティ」に類似しています。この事から、92年当時のプロジェクトの産物ではないかと噂されました。
ですから、フェラーリのバイクの開発は行われていたようですが、発表まで辿り着かなかったようです。
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2006年02月09日
腕を切断したドライバーがフェラーリのF1マシンをドライブしたことがある。
はい。確かに。
それは、イタリア人ドライバーのアレッサンドロ・ナニーニで、1980年代後半からミナルディやベネトンで活躍したドライバーです。
1990年に本人が操縦していたヘリコプターが墜落し、右腕を切断してしまいました。同乗していた父親が切断された腕を適切に処置していたので、その後縫合手術を行い見事に成功したんです。
その後、DTM(ドイツ・ツーリングカー選手権)に復帰しました。
1992年、フェラーリはセミオートマの「F92A」でシリーズを戦っていましたが、このマシンに改良を加え、ナニーニにドライビングの機会を与えました。しかし、握力に問題があるようでF1マシンのドライブは困難だったようです。フェラーリもナニーニ本人も、このドライブはイベントであって、復帰に向けてのテストではないとコメントしていました。

地元、イタリア出身で、事故さえなければ、フェラーリドライバーになっていたかもしれないナニーニに対しての、ご褒美のドライブだったとも言われています。
93年のアルファコルセ・ワークスチームでは、ニコラ・ラリーニとコンビを組んで「アルファ155 V6 TI」で参戦しました。シリーズチャンピオンはラリーニが獲得。ナニーニもポールを獲得したり、優勝したり、ドライバーズランキング8位と右腕切断からの復帰としては十分な結果を残しました。
ちなみに、実家は老舗の「ナニーニ製菓」で、本人も日本でレストランを展開しています。
お姉さんは1990年サッカー・ワールドカップ公式テーマソングを歌ったこともあるイタリアの国民的ロック歌手だそうです。
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2006年02月02日
フェラーリに特注車ばかり作らせる国王がいる。
はい。確かに。
それは、ブルネイ・ダルサラーム国の国王、スルタン・ハサナル・ボルキア(1946年生まれ)です。彼の趣味は、飛行機やヘリコプターの操縦です。イギリスの士官学校への留学経験もあり、子供は10人いると言われています。
この国王がフェラーリの特別仕様を多数所有しています。
「F50」のスペシャルモデルや、「456」をステーションワゴンにしたり、4ドアにしたり、ショーカーであったはずの「ミトス」を更に特別注文して納車させています。
BBRというミニカーメーカーは、ブルネイ国王モデルとして市販しています。国王の車ということでベールに包まれている部分が多く、ミニカーでその存在を知る人も多いと言われています。
多分、特注フェラーリは本人だけでなく、執事や子供たちも運転していると思われます。うらやましい限りです。ちなみにブルネイは三重県位の大きさの国で、地理的にはマレーシアの中にあるような位置です。
なぜ、そんなにフェラーリ特別モデルを制作させて所有できるかと言えば、ブルネイ沖の海底から湧き出す原油と天然ガスが理由です。
ブルネイ・シェル経由で、その大半が日本に輸出されているそうで、原油は4割、天然ガスは99パーセントが日本に送られているとの事です。
彼のリッチライフは日本が支えているのです。
決して広いとは言えない国土ですが、今日もフェラーリで優雅に走り回っているでしょう。
へぇ~、へぇ~、へぇ~、へぇ~、へぇ~、へぇ~。
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