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2009年5月 8日
今日はジルの命日。伝説のフェラーリドライバーを偲んで。
1982年5月8日。
ベルギー、ゾルダー。
ジル・ビルニューブ天に召される。

ジルのマシン。ブルムのフェラーリ126C2(第3戦アメリカ西GPロングビーチ仕様)の1/43ミニカー。
2段リアウィングのマシン。リアウイングのサイズの規定が変わり大きさを制限された。しかしフェラーリは枚数制限がないからと、規定サイズのウイングを2枚つなげました。結局レギュレーション違反でレース後に失格となりました。
5月1日はアイルトン・セナの命日だったわけで、セナファンはセナを懐かしんでいたでしょう。4月30日のローランド・ラッツェンバーガーを偲んだ方もいるでしょう。
そして、ティフォシにとってはやはり伝説のジルです。黙祷。
さぁ、1982年シーズンのジルの走りを振り返りましょう。
今見れば鬼気迫る走りだったのかな? ギリギリの走りとコースオフリタイアは紙一重。だからこそ、ティフォシにこれだけ愛されたのだろう。記録よりも記憶に残るフェラーリドライバーとして・・・。
ジル・ビルニューブ、ディディエ・ピローニのワン・ツーで終盤を迎えていた。チームはふたりにポジションキープの指示を出した。1位のジルは当然ペースを下げる。ところが、ピローニがジルを抜いてしまった。ジルはピローニが観衆を楽しませるためにしていると思ったらしい。再度抜き返したが、ピローニは本気だったらしい。結局ピローニがトップでゴール。チームはその後、ピローニの行為におとがめなし。ジルが孤立してしまった。
1979年ジョディ・シェクターのチームメイトとして、チームのルールを守ってきたジルには信じられなかったのだろう。
ゾルダーの悲劇。
予選の最終セッションでピローニに負けていたジルは猛烈なタイムアタック。ヨッヘン・マスのマシンと接触・・・。粉々になるマシン、シートごと放り出されるジル・・・。

ブルムは2007年にジルの没後25年にジルのミニカーを積極的に展開。
▼今回は1982年のジル・ビルニューブの愛機「フェラーリ126C2」
投稿者 shigeo : 2009/05/08 | 【category:トピックス】 | アカクテハヤイフェラーリF1のRSSについて
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コメント
ジルは今でも最高のドライバーです。
マンセルもベルがーもアルボレートも良いドライバーでしたが、ジルは別格!
こういうドライバーはもう出てこない気がします。
投稿者 まあ凛 : 2009年5月 8日 11:19 | 【category:トピックス】 | アカクテハヤイフェラーリF1のRSSについて
その通り!
ジャックにフェラーリで走って欲しかったなぁ。ウィリアムズでチャンピオンなんて・・・。しかもフェラーリを打ち負かして・・・。
投稿者 shigeo : 2009年5月 8日 21:24 | 【category:トピックス】 | アカクテハヤイフェラーリF1のRSSについて










