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2008年11月01日
エンツォ・フェラーリとニキ・ラウダは仲が悪かった?
はい。確かに。

ティフォシには有名な話ですが、ニキ・ラウダがフィオラノで1973年オフにフェラーリF1(多分312B3)をテスト走行させた。
その後、エンツォ・フェラーリに会ったラウダ。
マウロ・フォルギエリとピエロ・フェラーリが通訳をしてエンツォと交わす会話は概ね以下の通り。
エンツォ 「感想はどうだね?ラウダくん?」
ラウダ 「ひどいマシンだ。アンダーがひどくて乗れたもんじゃない。」
ピエロ 「そんな事を言ってはいけない。」
ラウダ 「何故だ?真実なのだからそのまま通訳すればいい。フロントサスの改良も必要だ。マシンの組立ても雑だ。」
エンツォ 「フォルギエリ! ラウダの言うとおり改良するにはどれくらいの時間がかかるのだ!?」
フォルギエリ 「・・・いっ、1週間・・・。」
エンツォ 「ラウダ。一週間後に今より1秒速く走れなければ、お前はクビだ!」
クビってコマンダトーレ・・・、まだテストなんで本採用してないんですけど・・・。(shigeo)
一週間後にラウダは難なくタイム更新。フェラーリドライバー、ニキ・ラウダが誕生。
しかし、ラウダってすごいよね。エンツォに対してこの会話。下手すればフェラーリと契約できないし、F1からも追い出されちゃうかもしれないくらいエンツォの力は当時は強力だったはずだからさ。
さらに、ラウダはイタリアには住まずにドイツの自宅から自家用ジェットで通勤してたってよ! まだ、ラウダ航空はない頃のハナシね。
ちなみに、マスコミの目を逃れるために、こっそりとテストコースのフィオラノまでの連れて行ったのは、若かりし日のルカ・モンテツェモーロだそうです。
その後、ラウダは1975年にフェラーリでタイトルを獲得。翌1976年ドイツGPでクラッシュ~炎上、瀕死の重傷。そして雨の日本GPで出走を拒否しチャンピオンを逃す。1977年、2戦を残してチャンピオンを獲得し、フェラーリの顔に泥を塗る形でチームを離脱。残り2戦は出走しなかった。
ドイツGPのクラッシュがマシンのせいだと主張するラウダに対して、エンツォは一切、耳を貸さないなどラウダの怒りも収まらなかったのだろう。ホントに芯の強い男だ。近年のフェラーリやF1に対するコメントも相当辛口だしね。
投稿者 shigeo : 2008/11/01 | 【category:トリビア】
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