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2008年6月 5日

フェラーリ246F1のエピソードいろいろ。アシェットのミニカーとともに・・・。



アシェット婦人画報社「フェラーリコレクション」No.18『フェラーリ246F1(1/43)』。

横浜のT氏から譲っていただいたアシェット婦人画報社「フェラーリコレクション」 No.18 『フェラーリ246F1(1/43)』。 T氏ありがとうございます!

フェラーリ246F1(1958年)
カーナンバー:4
ドライバー:マイク・ホーソーン
出走GP:第5戦フランスGP
リザルト:予選1位・決勝1位


アシェットさん! 台座が何故か「F246」になってますけど~。

1958年、マイク・ホーソーンはF1世界選手権でドライバーズ・タイトルを獲得した。

1958年、マイク・ホーソーンはF1世界選手権でドライバーズ・タイトルを獲得した。最終戦モロッコGPで2位入賞でチャンピオンを獲得。

でもね。最終戦のホーソーンのカーナンバーは「6」。しかも「256F1」。ラスト2戦は排気量アップした「256F1」で出走したんですよ。

このシーズンのフェラーリは時代遅れのフロントエンジンのマシン。他チームのミッドシップには太刀打ちできませんでした。

チャンピオンを獲得できたのはホーソーンの堅実な走りのおかげでしょう。1958年のF1世界選手権は全10戦。ホーソーンは優勝こそ1回でしが、2位5回、3位1回、5位1回。リタイヤはエンジントラブルの2回だけと言う安定した走りでした。4勝したスターリング・モスに1ポイント差をつけてのチャンピオン。

近代F1でもシーズン1勝でワールドチャンピオンは理論上不可能ではありませんが、4勝の人を差し置いて、1勝でチャンピオン獲ったらブーイングかも(笑)。

ちなみにアシェットが今回モデル化した「246F1」は、ホーソーンが唯一優勝した第5戦フランスGPのマシンだと断言出来ます。

何故なら、ホーソーンはGP毎にカーナンバーが違ったのです! カーナンバー4はフランスGPだけ!

20→38→5→16→4→2→3→22→14→6。

1950~60年代は当然の事のようにカーナンバーが変わりましから。

詳しくはドライバー年表でどうぞ。

仲の良かったコリンズの事故死にショックを受け、ホーソーンは58年限りで引退。しかし、あろうことか翌59年1月一般道の事故で死亡してしまう・・・。合掌。

ちなみに、この年からコンストラクターズ選手権もスタート。こちらは残念ながら2位。

1958年はフェラーリドライバーが2名もレース中のクラッシュで死亡した。

ルイジ・ムッソ(フランスGPでクラッシュ死亡)
ピーター・コリンズ(ドイツGPでクラッシュ死亡)

仲の良かったコリンズの事故死にショックを受け、ホーソーンは58年限りで引退。しかし、あろうことか翌59年1月一般道の事故で死亡してしまう・・・。合掌。

246F1のエンジンは65度V型6気筒2.4リッター。ディーノエンジンです。

246F1のエンジンは65度V型6気筒2.4リッター。ディーノエンジンです。エンツォは息子のディーノが設計したと言っているが、本当はヴィットリオ・ヤーノ設計でディーノは助手だったのではないかとも言われている。今となっては謎のまま。

ちなみに「246F1」の進化型「256F1」でフェラーリのフロントエンジンは終了。次のマシンはディーノV6のミッドシップマシン「156F1」! シャークノーズのあの156F1ですよ!

これだけのエピソードがあると、フェラーリ246F1を見る目も変わるんじゃない?

オールドフェラーリもいいものですよ。

投稿者 shigeo : 2008/06/05 | 【category:アシェット フェラーリコレクション】 | アカクテハヤイフェラーリF1のRSSについて

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