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2008年5月21日

フェラーリの名前の付いた初代モデル『フェラーリ125S』。アシェットの1/43です!



アシェット婦人画報社「フェラーリコレクション」No.16『フェラーリ125S(1/43)』

フェラーリ125S 
1947年 ピアチェンツァ出走
ドライバー:フランコ・コルテーゼ
リザルト:ラスト3周燃料ポンプ故障でリタイア 

横浜のT氏から譲っていただいたアシェット婦人画報社「フェラーリコレクション」No.16『フェラーリ125S(1/43)』。T氏ありがとうございました!

125Sはフェラーリの名前の付いた最初のモデル。1947年のモデルだから今から61年前ですね。1,496ccのV12エンジン。1気筒あたりの排気量125ccからネーミングされた。「S」はイタリア語のスポーツ「Spor(スポルト)」を意味する。生産台数は2台。


アシェット婦人画報社「フェラーリコレクション」No.16『フェラーリ125S(1/43)』

当時のグランプリマシンにV12は皆無で、エンツォとヨアッキーノ・コロンボのアイデアで採用。エンツォはこのモデルが嬉しくて仕方なかったらしく、シャシーすら完成していない1946年12月にプレスに3種類(S、コンペティション、グランプリ・プレミオ)各1台を生産販売すると発表してしまった。しかし、Sが製作中の段階で、コンペティションは手付かず、グランプリ・プレミオは設計図すらない状態。
125Sは1947年初頭になってようやくシャシーにエンジンが載った。3月12日にボディが架装されていない状態でエンツォ自身によりテスト走行。少しのオイル漏れがあったぐらいで順調に走ることができたそうだ。


アシェット婦人画報社「フェラーリコレクション」No.16『フェラーリ125S(1/43)』

5月12日にピアチェンツァのレースでデビュー。2台出場したのだが、1台はプラクティスで破損。もう1台は予選トップ。決勝では一時トップを走るも燃料ポンプの故障でリタイア。エンツォは「幸先の良い失敗」などと発言したらしいが、実際には強力なライバルのいないBクラスのレース。ちなみにエンツォはこのレースに顔を出さなかった。エンツォがサーキットに行かないと言うのは歴史的な初戦からだったのだ。

125Sは2台が製作されたが、決勝に進んだのは今回のアシェットでモデル化されているタイプ。もう1台決勝に進めなかったのは葉巻型のボディの125S。

ちなみに、2週間後にローマ公道レースで優勝。圧倒的な強さを誇ったマシンではないが、フェラーリの名前が付いた記念すべき最初のモデルであることは間違いない。


アシェット婦人画報社「フェラーリコレクション」No.16『フェラーリ125S(1/43)』

ポスターに「125S」のエピソードが記されています。しかし、フェラーリの創設当時の情報はどれが真実なのかいまひとつ判断しにくいもの。

それは、エンツォがマスコミに対しての発言に本音を語らずに虚勢を張っていたからでもある。

ちなみに「125S」はフェラーリの名前のついた第1号モデルだが、フェラーリを創設する前に「アウト・アビオ・コストルツィオーネ」という会社を興して1940年に発表した「アウト・アビオ815」と言うモデルがある。
どちらをフェラーリの初代モデルと呼ぶかは人によって判断が異なる。
この「815」もアシェット婦人画報社「フェラーリコレクション」のNo.29で発売されるので非常に楽しみです。

今までに入手したアシェット「フェラーリコレクション」ミニカーはこちら。

1940年代のコンペティションマシンの歴史はこちら。

投稿者 shigeo : 2008/05/21 | 【category:アシェット フェラーリコレクション】 | アカクテハヤイフェラーリF1のRSSについて

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