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2007年3月31日

ダイドーフェラーリF1をトレードで入手。ランチア・フェラーリ「D50」。ファンジオのチャンピオンマシンだ!



ダイドーフェラーリF1をトレードで入手。ランチア・フェラーリ「D50」。ファンジオのチャンピオンマシンだ!

ダイドーキャンペーンのフェラーリF1のミニカーです。
第1弾のロードカーの時は「フェラーリF40」以外はゲットしましたが、ロードカーの第2弾やF1はトホホな結果で悔しい思いをしました。

でも、今回フェラーリグッズとのトレードで入手しました。

山積みになっているミニカーの一番上に見えるのは「D50」です。
1956年のスクーデリア・フェラーリのマシン。ランチア・フェラーリとも呼ばれたりします。
ランチアのすばらしいマシン。ランチアがF1から撤退するにあたり、エンツォがこの「D50」を譲り受けて1955年から使用。燃料タンクがサイドにあるのが特徴で、燃料が軽くなってもマシンの操縦性が変わらないという革新的なアイデア。

しかし、スクーデリア・フェラーリはこの革新的なアイデアをどんどん悪い方に改良していき、戦闘力は徐々に下がっていった。1957年の最後のあたりでは、特徴だったサイドの燃料タンクをなくしちゃいましたからね・・・。
1990年前半まで続くフェラーリ内部の混沌とした悪しき習慣はこの頃から始まっていたんでしょうね。

1956年の「D50」でカーナンバー20は、その年ドライバーズチャンピオンに輝いたファン・マヌエル・ファンジオのマシン。

ファンジオは5回ワールドチャンピオンを獲得した偉大なグランプリドライバーですが、私としてはちょっと微妙ですね。

何故ならファンジオは1951年にアルファロメオでチャンピオンを獲得し、3年後の1954年はマセラティ、1955年はメルセデス、そして1956年にフェラーリでワールドチャンピオン。翌1957年はまたマセラティで5回目のチャンピオン。

チャンピオンを獲得できなかった1952年、1953年はフェラーリのアルベルト・アスカリがチャンピオンを獲得しているんですよ。ドライバースランキングもファンジオがアスカリに次いで2位。

ファンジオはドライバーとしての力量ももちろんあったんでしょうが、強いマシンのチームを渡り歩いていたんでしょうかね?

ファンジオはフェラーリでは1956年に7戦しか参戦していません。その内3回優勝してチャンピオンになったのはもちろん立派です。でも翌年にはマセラティに移籍。もちろん「D50」を悪い方向へ改良していったスクーデリア・フェラーリの責任もあっての移籍なのかもしれませんが・・・。

それに対してアスカリは25回参戦で13回優勝してチャンピオンを2回獲得しています。1952年は7戦6勝。1953年は8戦7勝。圧倒的な強さです。でもフェラーリでチャンピオンになるためになかなか勝てないスクーデリア・フェラーリで1950年から頑張っていたんです。

ほら! 誰かに似ていませんか?

そうです! ミハエル・シューマッハーです!

フェラーリのマシンがいいから移籍してきたわけではなくて、フェラーリとともにタイトルを獲得するために、フェラーリ再建のために立ち上がったミハエル。自分がファンジオよりアスカリが好きなのも、そしてミハエルが好きなのもこのあたりがあるのかもしれない。

さてミニカーはトレードで頂いてからまだ組み立てていない。そろそろ組み立てようかな。

多くのストーリーを持つこの「D50」を手に入れることができてとてもうれしい。ありがとう。シューマッハ★おたっき~のグラッツェシューミさん!

投稿者 shigeo : 2007/03/31 | 【category:ミニカー(いろいろ)】 | アカクテハヤイフェラーリF1のRSSについて

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