【あかまぐ】 アカクテハヤイフェラーリF1メールマガジン

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2006年10月19日

ランチア・ストラトスのエンジンはフェラーリエンジンだった。

はい。確かに。

ランチア・ストラトスのエンジンはフェラーリです。

ラリーに興味のある方だけでなく、クルマ好き、ミニカー好きには有名な「ランチア・ストラトス」。

そのエンジンがフェラーリだったことはあまり知られていないのではないでしょうか?

詳しい方であれば、「厳密にはあれはフェラーリエンジンと呼べないのでは?」と言う方もいらっしゃるでしょうが、まぁ、そこは大目に見てやってください。
確かにフェラーリのファクトリーではなく、フィアットで生産されたディーノエンジンですからね。エンツォもディーノをフェラーリとは呼ばなかったし、跳ね馬のエンブレムさえも付けさせなかったからね。

そうなんです。ランチアには最終的にディーノ246GTに搭載されていたのと同様の2.4リッターV6ディーノエンジンが積まれていたんです。

1970年にトリノショーでデビューした「ストラトス」。ウエッジシェイプのデザインは多分すべての人を驚かせたと思います。当時、7歳で日本の片田舎に住んでいた私には、イタリアでの情報など知るはずもありませんが・・・。

クルマやフェラーリに興味を持ち始めてストラトスを初めて知ったのは、アリタリアカラーのストラトスでした。「かっこいい~」の一言でしたね。

ストラトスという名前はイタリア語の「Stratosfera(成層圏)」からの造語だった事も、フェラーリのエンジンを積んでいたと知るのも随分経ってからでした。

フィアットは1969年に買収していたランチアのブランドで世界ラリー選手権(WRC)に参戦するためにストラトスを選んだ。ミッドシップエンジンでホイールベースが異常に短く車幅が広い特異なマシンです。
いわゆる「直線番長」ではなく「コーナリング番長」ですね(そんな言葉あるのか?)。コーナリングを重視したマシンです。

当初は別のエンジンが積まれていたそうだが、ファクトリーに丁度「ディーノ206GT」の2リッターV6エンジンがあり、それを搭載してみた。しかし、その時点でディーノは既に「246GT」に進化していた。そこで、ストラトスにも2.4リッターエンジンを積みたいと親会社のフィアットに交渉して獲得した人物が、当時ランチアに在籍していたチェザーレ・フィオリオ! 後にスクーデリアフェラーリでチーム監督を務めたあのフィオリオです。アラン・プロストとのいざこざで更迭されて、後に仲直りしてプロストチームで一緒に活動して、今は悠々自適な隠居生活を送っているらしいと言われるフィオリオです。

ラリーマシンとしての公認を取るためには、すったもんだがあったらしいですがそこは割愛。

ランチアは1974年~76年までWRCのコンストラクターズタイトルを獲得して活躍したが、ストラトスが活躍してもランチアの自動車の売れ行きに貢献しない事に業を煮やしたフィアットが、「フィアット131アバルト」でWRCに参戦することを決定。ストラトスのワークス活動は終了になった。
実際にはフィアットもWRCに参戦していたのに子会社のランチアに負け続けていたことが、フィアット上層部の逆鱗に触れ、ランチアに圧力をかけて撤退させたというのがもっぱらの噂です。

その後はプライベーターのストラトスが活躍したようです。確かに、勝てなくなったから撤退ではなかったですからね。プライベーターにとっては、とても魅力的なマシンでしょう。

この流れをずっと見ていたエンツォ・フェラーリはその後、驚くべき行動に出ることになる。

それは、フェラーリがラリーに参戦!

その話はまた今度。

投稿者 shigeo : 2006/10/19 | 【category:トリビア】  | アカクテハヤイフェラーリF1のRSSについて

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